発想のクオリティが低い

「楽勝科目」をなくせ、大学側授業向上目指す(朝日新聞)

ものすごく『自己満足』が増加しそうですねぇ
そもそも日本式?の『全員同じ内容を全員同じペースでの授業』なんてものは
ぶっちゃけた話かなりクオリティ低いです
それを締め付けたところで増えるのは大学の自己満足のために単位落とされる学生ぐらいで
教育のクオリティが高くなるわけありません

落ちこぼれは更に落ちこぼれるし、優秀な者は止まってやる気をそがれかねない
よく落ちこぼれに対して「必死に頑張ればできるだろ」とかあほぅなことを言う人もいますが
必 死 に 頑 張 れ な いからこそ『落ちこぼれ』るんですよねぇ


最高点の「秀」を5%以内とするなど統一した相対評価
とか、本当に馬鹿としか思えませんね
必要なのは相対評価ではなく絶対評価
そいつが『どこまで習熟できたか』でしょう
最低ラインを設定すりゃいいってものじゃありません

例えば70点以上で単位取得・上位5%が秀、次の5%が優、残りが可とした場合
100人受講したとして71,2点取った10人が『優秀』で残りの70点が全員『普通』となりうるのです
そして3点、それこそ1問ケアレスミスしたかどうかで『優秀』から『ダメ』に落とされるのです
実に愚かしい評価といえます



本当の意味で『授業の質の向上』をしたいなら
既存のシステムを全て破壊するぐらいのことをしないとダメでしょうね






例えば・・・


義務教育期間を15年間とし、9年経過後は一定の成績を修めていれば卒業・進学は自由
9年間は無償で、以後は有償(分野、進度により変化)で教育を受けられる
授業は基礎の基礎(例:読み書き)程度のみを教え、他は基本的に放任、自主性にまかせる
教員のすべきことは個々の興味のある分野を見つけ密かに導くこととどうしても行き詰まったときに後押ししてあげること

在校中は一定の成績を修めていればほぼ自由に他分野の学校に移ることが可能
年数に関係なく成績により進級し、過去の成績などにより就学できる分野が増減する
これにより最低限の『学べる状態』があれば自分の興味のあるモノを自分のペースで学ぶことが可能になる
(+無理のある詰め込みは意味をなさなくなる)

卒業後は上級学校に進学するも、就職するも自由
過去の成績、就学年数、学習分野等で適正がほぼ分かっているから
企業や学校としても必要な(or妥当な)人材を簡単に受け入れやすくなる

もちろん個人にやる気がなければ落ちこぼれていく一方だけど、それはそいつの選んだ道
無理矢理高速で走らせておいて故障したら『質が悪い』とかいう現状に比べればだいぶましというモノだろう


教育がこういった状態になったらその時こそ『学歴(=実力)社会』となることでしょう





ま、どだい無理な話ですが・・・
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by xell_rainy | 2005-06-27 16:05 | ニュース関係
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